たゆたえど沈まず

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栗岩

管理人  [ 栗岩 ]

国立科学博物館・博士研究員
(兼)
神奈川県立 生命の星・地球博物館
博士研究員(外来研究員)

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(ほったらかし中)
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        2016-05-25       23巡目・一時帰宅

富岡駅前

先週の熊本行きに引き続き、今週は自分の分、福島への一時帰宅。
自宅のある帰還困難区域に入る前に、津波で壊滅した富岡駅前へ。
津波をくらった新築アパートが5年前から手付かずのまま放置されている。

富岡駅前

同様に放置された材木屋さん。

富岡駅前

富岡駅はほぼ更地状態で、慰霊碑も撤去されていた。
海側には除染で出たゴミの仮処分場と、除染土の集積場が。

富岡駅前

JR常磐線は、全域が帰還困難区域から外れた楢葉町まで復旧している。
この先、帰還困難区域の残る富岡町・大熊町・双葉町・浪江町ではどこまで線路の復旧が進められるのだろうか。
常磐自動車道は既に仙台まで全線開通しているが、JRはどうかな…。

桜通り・富岡二中前

桜通り。富岡第二中学校前にて。

帰還困難区域・出入口バリケード

お墓参りをした後、自宅のある帰還困難区域へ。
帰還困難区域は上写真のようなバリケードで封鎖されていて、出入りは警備員のチェックを受ける必要がある。
滞在時間は最大5時間と決められている。

夜ノ森・自宅

アケビやキウィ、葛などが生い茂る自宅。
上写真に写っている隣家との間の道は、現在イノシシの獣道と化しているらしく、数頭のイノシシの足跡が残されていた。
また、庭にある倉庫の扉の一部が、イノシシにこじ開けられてひしゃげていた。
野良牛と野良ダチョウはすべて捕獲されたようだが、山の方からイノシシとクマが下りて来て、街中を闊歩しているとのこと。

ちなみに、電気・水道・ガスなどライフラインは、震災後丸5年が経過しても依然として復旧していない。
一時帰宅した際のトイレは、帰還困難区域に入る前にポリタンクに汲んでおいた水をバケツに入れ、それを使って流す。
掃除機はポータブル発電機を使って動かし、屋内の暗い場所は懐中電灯で照らす。

夜ノ森

隣家も庭の草木が生い茂っている。手入れが届かないと植物も伸び放題だ。

夜ノ森・自宅・庭

雑草で覆いつくされた庭の畑。

夜ノ森・自宅・庭

私が鎌で刈った後の畑。
奥に見えるのは、東電の草刈部隊の人と両親が打ち合わせをしている姿。

夜ノ森・自宅・池

庭の池も草木で覆われてしまっている。

夜ノ森・自宅・池

池は一番深いところで水深80cmくらいあったが、ヘドロが堆積してしまい、今は水深10cmくらいしかない。

夜ノ森・保育園・モニタリングポスト

自宅裏にある保育園に空間線量のモニタリングポストがある。
このあたりの空間線量は約 2.2 毎時マイクロシーベルト。

ちなみに双葉町と大熊町では 0.1〜12.3と、自宅周辺の1/10〜5.6倍(モニタリング地点で大きく異なる)。
いわき市では 0.05〜0.2と約1/40〜1/10、東京以西沖縄まではほとんど変わらず 0.03前後で、約1/70となっている。
(数値は2016年5月25日のもの。原子力規制委員会発表)

桜通り・夜ノ森公園前

桜通り。自宅そばの夜ノ森公園前。

富岡は負けん・横断幕

夜ノ森公園には「富岡は負けん」の横断幕が。

バラ

庭のバラが綺麗に咲いていた。

シャクヤク

同じく庭のシャクヤク。

カルミア

カルミア。まだつぼみで、花が咲くまであと少しだった。

名無しの花

何の花か分からないけど綺麗だったので。
母によると庭に植えた覚えはないそうなので、どこからか飛んで来て繁ったものか。
そういった植えた覚えがない(草ではなく)木が、庭にはチラホラある。
草が木になるのに丸5年あれば十分なようだ。

写真
福島県双葉郡富岡町(2016年5月)
D3X + AF-S Nikkor 14-24mm F2.8G, Makro-Planar T* 2/100 ZF
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        2016-05-18       くまモンの里

熊本

色白のもやしっ子になってしまっていたので、夏が来る前に少し肌を焼こうと、日焼けをしに熊本へ。
当初はGWに行こうと考えていたが、GWは全国から人が集まるので避け、人手が足りなくなるであろうGW明け以降に変更した。

熊本・阿蘇山

昨年4月から熊本に転勤になっていたマッコウ宅に泊まり、マッコウの車で移動。
熊本市内や益城町は頻繁に報道され人も集まりやすいだろうと考え、移動に時間がかかり人手も集まりにくい南阿蘇村に連日通った。
実際、ボランティアセンターへ集まるニーズの半数くらいしかボランティアは確保できていない状態だった。

日焼けついでに、ひたすら落ちた瓦や崩れたブロック塀を土嚢に詰め、ひたすら軽トラの荷台に積み込み、
軽トラを爆走してゴミ集積場へ行き、ひたすら土嚢をブン投げてきた。

熊本・阿蘇山

昼間は写真は撮らず。
沿道の崩れた建物などの写真は、被災地感情を考えて朝晩の移動中に車の中からそっと撮るのみに留めた。
ボランティアセンターでの仕事は午後4時には終わるので、その後に阿蘇山の外輪山を走ったりした。

被災地感情はよく分かるよ。
3.11の時にいわき市でボランティア活動をしている最中、津波でぐちゃぐちゃになった建物の中で瓦礫を片付けているところを、
小綺麗な格好をしたやつら(報道関係者ではなく一般人の野次馬)がパシャパシャと撮って去っていくのを経験しているし、
ちょうど一年後の2012年の3月11日に福島に一時帰宅した際は、帰還困難区域の検問所から出るところを、
一眼レフカメラを手にした一般人の野次馬が十数人待ち構えていて、パシャパシャと撮りまくられた。
空港から出てくる芸能人とそれを待ち構える芸能カメラマンかっつー話ですよ。

熊本・益城町

マッコウ宅のある熊本市内から南阿蘇までの道中、益城町を通る。
東日本大震災と大きく異なると感じたのは、やはり地震の被害が非常に局地的で限定されているという点だった。
3.11では崩壊度8の状態が見渡す限り続いているとしたら、熊本地震は崩壊度10が益城町に集中し、そこから少しでも離れると崩壊度3〜4といった感じ。
(あくまで私の個人的な感想)
土台からグシャッと潰れた家が集中するエリアから、数百メートルも離れると、瓦が落ちる程度の被害しかない、というのは不思議な感じだった。

熊本・益城町

実際に私とマッコウが日焼けをしていたのは、南阿蘇の立野から白水のエリア。
特に立野は大きな被害の出た黒川第一水力発電所・阿蘇大橋・九州東海大の学生寮などがあるエリアだ。
山肌はところどころ崩落によって土の地肌が露出していた。
このあたりは数年前の九州北部豪雨でかなりの被害が出ており、地盤が相当ゆるんでいると思われる今、この後にやってくる梅雨が大きく懸念されている。

熊本・益城町

くまモンが復活したとのことで、初日の朝にボランティアセンターにくまモンが来ていた。
その時は特に興味なく一歩離れて見ていたが、至る所で目にするくまモンに洗脳されたか、
つくばに戻ってきてからくまモンTシャツをネット通販しようとしている自分がいるのであった。

熊本・益城町

おわり。

写真
熊本県熊本市・益城町・西原村など(2016年5月)
D3X + AF-S Nikkor 35mm F1.4G

        2016-05-05       くそしてねろ

クンシラン(ウケザキウンシラン)Clivia miniata

丸5年ぶりにクンシランが花を咲かせた。

3.11の東日本大震災の際、4巡目の一時帰宅でようやく持ち帰って、私のところと世田谷に避難した両親宅に分けた。
一年間まったく水をもらえず放置された状態だったものがここまで復活した。

過去の記事(別ウィンドウで表示)
http://higedura.blog.fc2.com/blog-entry-14.html

福島から持ち帰ってからは一度も花を咲かせていなかったが、なぜか今年、私のところも両親宅のものも同時に花を咲かせた。
花を咲かせるまでに復活するのに、丸5年の年月が必要だったのかな。

クンシラン(ウケザキウンシラン)Clivia miniata

私のところのクンシランは、花をつけたのは6株のうち1株のみ。花は11個咲いた。
両親宅のものは2株が花をつけた。
来年はもっと花をつけてくれるだろう。

ちなみにこのクンシランは、いつから育てていたのかはハッキリしないが、
少なくとも川崎に住んでいた頃から育てていたものなので、30年以上ということになる。

写真
ユリ目ヒガンバナ科ウケザキクンシラン Clivia miniata
D3X + Nokton 58mm F1.4 SL II

        2015-11-26       21巡目・22巡目 一時帰宅

富岡駅前・東日本大震災慰霊碑

少し古い話になるが、6月と11月上旬に、帰還困難区域内にある自宅への一時帰宅があった。
沖縄に行っていた間は私は参加できなかったので、久しぶりの一時帰宅。

富岡駅裏

6月の一時帰宅にて。
富岡駅は更地になり、海岸との間は除染で出た汚染土の土嚢置き場に。
少し離れたところには処理場ができていた。
慰霊碑も駅前に。

庭 June

庭の池側はびっしりと草木が茂っていた。
キウィ・あけび・カラスウリ・クズなどツタ系の植物も伸び放題。

庭 Nov.

11月の一時帰宅にて。
上写真の半年後。これ全部(私が)刈るのだが、本当に大変だ。

雑草刈り

畑側の雑草を刈る私。巨大なヨウシュヤマゴボウがあちこちに。

帰還困難区域内はまだ除染が行われていないため空間線量は高いが、それでも少しずつは下がってきている。
解除されるまであと数年はかかるのかな。

次回の一時帰宅は来年3月の予定。

写真
D700 + AF-S Nikkor 35mm F1.4G(1〜3枚目)

        2013-12-05       1,000日

東日本大震災・復興支援車両 by Peugeot

日付が変わってしまったが、今日12月4日で、あの東日本大震災からちょうど1,000日になる。
あと数ヶ月も経てば丸3年だ。

もう3年近くも経つのか。
いまだに実家付近は帰還困難区域で、月に一度の一時帰宅以外に立ち入ることはできず、除染すら行われていない。
もちろん少しずつ改善している部分はあるものの、やはり全体としては3年近く経ってまだこの状況か、というのが正直な感想だ。

筑波から沖縄に来て最も大きく異なるのが、地震がほぼないことだ。
普段の生活の中で震災のことが話題になることもないし、遠くの地で起こった出来事として捉えられているのだと思う。
でもそれは仕方がないことだろう。
当事者になった者と、報道で知るだけの者の間に、意識の隔たりができるのは至極当然のことだ。

ファミリーマート J ヴィレッジ前店

今回掲載した写真のExif情報(撮影日やカメラ・レンズなどの情報データ)を見ていたら、
ちょうど2年前の今日撮ったものだった。
これも何かの偶然か。

写真
プジョー社から郡山市に送られた東日本大震災復興支援車両(2011年12月4日・福島県郡山市ビッグパレットふくしま)
ファミリーマート J ヴィレッジ前店(同日・福島県双葉郡広野町)
D700 + Carl Zeiss Distagon T* 2/35 ZF

        2013-07-03       9巡目一時帰宅

野良牛

3月末に警戒区域の再編が行われ、私の実家は帰還困難区域に入った。
3種の区域のうち最も空間線量が高く、許可無しに立ち入ることのできない区域だ。
当然まだ電気・水道・ガスなどライフラインは復旧しておらず、除染も行われていない。
ただ、これまでは平均して3ヶ月に一度しか帰宅できなかったのが、再編後は1ヶ月に一度帰宅できるようになった。

一時帰宅の際には自宅に行く前に毎回お墓参りをしているが、お墓のある辺りは居住制限区域になった。
この区域に自宅のある人は、宿泊はできないが昼間だけ許可無しにいつでも帰宅することが可能だ。
私の自宅付近(帰還困難区域)の空間線量は約2.8毎時マイクロシーベルト(μSV/h)、お墓の辺り(居住制限区域)は約1.8μSV/hだった。

帰還困難区域はそこに出入りできる道すべてがバリケードで封鎖されている。
入るためには決められた場所で行われている検問を受けなければならない。
また、区域内でも至る所でパトカーが巡回している。

写真は帰還困難区域内にまだいる野良牛。
耳についた黄色いタグが、この野良牛が震災前から飼育されていたことを示している。
震災後に生まれた野良牛もいるようだが、それらは当然タグがついていない。

発電機

さて、今回の一時帰宅は栗岩家にとって非常に大きな発展があった。
理由は二つあるが、その一つが写真の発電機だ。

2年4ヶ月ぶりの掃除機

2011年3月11日以来、2年4ヶ月ぶりに家の中で掃除機の音が響く。

地震で棚から崩れ落ちた本、落ちて割れたガラスや食器、ヒビが入り崩れ落ちた壁。
あらゆるものが散らばっていたが何とか片付き始めた矢先、突如大発生したネズミ。
家中が埃をかぶり、至る所にネズミの糞が転がっている。

掃除機がそれらを綺麗サッパリ取り除いてくれた。電気の力の偉大さを痛感した。
次回からは漂白剤と洗剤をつけた雑巾で家中を拭いて掃除する予定だ。

雑草が生い茂る

一方、庭の方に目を向けると、隣の家の壁が見えないほどに雑草が生い茂っている。
自宅に置きっ放しの車(既に廃車処理済み)は緑色の苔に覆われて古びてしまっている。
張ってあるロープは野良牛が入ってこないようにするためのものだ。

刈払機

発電機に続くもう一つの大きな発展は、この刈払機だ。
昨年の一時帰宅の際には、私が汗だくで草刈り鎌一つで雑草を刈りまくったが、年々雑草がひどくなり、
もはや人力では草刈りは不可能というくらいになってしまった。
そこで導入したのが刈払機というわけ。
ちなみに写真はおやじが草を刈っているが、この後すぐ私に代わり、9割9分を私が刈り払った。

最大勢力のゴボウ

生い茂る雑草の勢力図は、時を経過するごとに変わるようだ。

最初に勢力を増したのはセイダカアワダチソウ。この時は庭の畑中が黄色くなった。
次はヨウシュヤマゴボウ。不気味な赤紫色の実をあちこちにぶら下げ、ぶっとい木と化したヨウシュヤマゴボウが畑中を埋め尽くした。
かなり大きかったイチジクの木も、ヨウシュヤマゴボウの勢力に負けて哀れにも枯れてしまった。

そして今回、一大勢力となったのはゴボウだった。そう、キンピラゴボウのゴボウだ。
庭に植え、収穫して食べていたゴボウが一気に広がり、すべてを飲み込んでしまった。
ゴボウも生長すると草丈は3mを超え、茎の太さは直径5〜6cm以上にもなる。
こうなるともはや草ではない、木だ。

畑が薮と化している

手前にあるアーモンドの木の後ろは、雑草で生い茂って薮と化している。
さぁ刈ったるで〜!

刈払機サイコォゥゥ

刈り払った草は時間がないのでそのままになっているが、覆い尽くした雑草はほぼすべて刈ったったぜ!
隣家の壁も見えるようになった。

勝手口までの道を雑草が塞ぐ

駐車場から勝手口までの間も雑草が生い茂って塞いでいたが、

スッキリ

スッキリ。
この後、除草剤を撒いておいた。

雑草で池が見えづらい

家と池の間も雑草が茂り、池がよく見えなかったが、

池が見えるように

池が見えるようになった。
ちなみに池の前に生えていたススキの群集は、庭に入り込んだ野良牛の糞から生えてきたもの。
刈った後、除草剤を撒いておいた。

菖蒲は強い

池の中の菖蒲はものすごい大きく成長している。強いな〜こいつら。

スイレンも強い

雑草で覆われていたスイレンも見えるようになった。
野良牛に倒されたプランターのスイレンは枯れてしまったが、倒れずに残ったプランターのものは元気なようだ。

次回10巡目の一時帰宅は、今月末の予定。

写真
D700 + AF-S Nikkor 35mm F1.4G

        2013-03-24       7巡目の一時帰宅

梅の花

7巡目の一時帰宅があり、警戒区域内の自宅へ入ってきた。
まだ桜は満開ではなかったが、多くの花のつぼみが開き始め、春の息吹を感じさせた。

前回までの一時帰宅で自宅内の片付けにも手を付け始め、先の見通しがついたと思っていたが、
今回の一時帰宅では大きな失望を味わうことになってしまった。

警戒区域へ

警戒区域へ向かう。
この先にある2ヶ所の検問所を通り、スクリーニング場でタイベックス(防護服)や空間線量計を受け取る。

除染した汚染土

道路脇には除染作業で回収した汚染土を詰めた袋があちこち山積みになっている。

除染作業

富岡第二中学校前の桜通りでは、除染作業中だった。
この辺りは25日からの警戒区域再編で帰宅困難区域から外れ、自由に行き来できるようになる(ただし昼間のみ、宿泊は不可)。

ネズミ被害

墓参りを終え、自宅へ。
先に入った母親の叫び声を聞き、何事かとかけつけると、家中ネズミの糞だらけになっていた。

これまで他の一時帰宅者からネズミの糞害の報告がかなりあり、今回から希望者にネズミの忌避剤が配布されていた。
私の家は洗濯機の排水溝周りに少し糞があっただけだったので(正直なところ)他人事で、念のために忌避剤をもらってきていたのだが、
もう絶望的になるくらい、家中が糞だらけで、ネズミの糞がないところがない、といった感じになっていた。
当然、いろいろなものが齧られている。

米を入れていたプラスチックの容器も齧られ、蓋を開けられ、中身は空っぽ(上写真)。
ベッドや押し入れの中の枕も齧られ、中のソバ殻がぶちまけられていた。
ピアノやタンスの裏は、寝床にしていたのだろうか、紙くずやタオルを咬みちぎったものと大量の糞が散乱している。
トイレに置いていた水の入ったバケツには、一匹ネズミが落ちて溺死していた。
全員、大きな失望感に打ちひしがれてしまった。

こりゃあ10匹くらいアオダイショウを買ってきて家の中に放しておくかデヘヘとも考えたが、
アオダイショウの糞はどうすんだということになり、この案は却下された(笑)。

水が涸れかけている池

もう一つ失望感を味わうことになった理由は、庭の池の水が涸れかけ、例年なら産卵に来ているはずのヒキガエルの姿が一匹も見えなかったことだ。

もともと震災前から庭の池には定期的に水を補給していた。
昨年は冬の積雪と梅雨の時期の雨量が十分だったのだろう、補給せずとも問題ない水量を保っていた。
だが、今年は降雪量が少なかったため、満杯の状態の1/4くらいにまで水量が減ってしまっていた。
この後、梅雨の時期に水が溜まらなければ池は涸れてしまう。

フル状態の池

2巡目一時帰宅の際の池(2011年11月)。
この写真と比べると、どれだけ水量が減ったかがよく分かる。

ちなみに池の中には十数匹のコイがいて、毎年池の中で産卵し、浅瀬には小さなコイがたくさんいたのだが、
震災の半年後には何とゼロになっていた。
池は最深部で大人の太ももくらいあるので、コイが全滅した原因はネコではない。
何回か目撃例のあったアオサギや、近くの田んぼにたくさんいたシラサギだろう。

産卵に来ているヒキガエル

震災前の2010年4月30日〜5月1日。
毎年3月の中旬から約30個体ほどのヒキガエルが集まり始め、3月下旬から4月上旬まで産卵し、数匹は4月末から5月頭くらいまでうろうろしている。

産卵に来ているヒキガエル

昼間は草陰に隠れている個体が多いが、夜になると一斉に出てきて、スイレンを入れたプランターや池の中で交尾・産卵する。
家の中にいても、クックックッというヒキガエルの鳴き声が聞こえていた。

産卵に来ているヒキガエル

産卵期のヒキガエルは背中の皮膚が滑らかになるが、この写真だとその様子がよく分かる。

今年はたまたま産卵が遅れているだけなのか、それとも荒れ果てて環境が変わってしまい、来なくなってしまったのか。
来年のこの時期に一時帰宅が重なるかは分からないが、まだ望みは捨てずにいたい。

自宅周辺の空間線量

自宅周辺の空間線量は、だいたい毎時4〜5マイクロシーベルトだが、場所によっては7〜8マイクロシーベルトもある。
これは都内の空間線量の150倍以上の値だ。

幼稚園

自宅すぐそばの幼稚園。
二度と使われることはない三輪車。
ここで子供たちの笑い声を聞くことも、もはやない。

写真
D700 + AF-S Nikkor 14-24mm F2.8G, AF-S Nikkor 35mm F1.4G, AF-S Micro Nikkor 60mm F2.8G

        2013-03-12       もう and/or まだ

避難所にて

東日本大震災から今日でもう2年。まだ2年。

私の実家は直線距離で福島第一原発から7km、第二原発から5km。
警戒区域の再編では、最も厳しい帰宅困難区域に入った。
戻れる時期は未定だ。
電気・水道・ガスなどライフラインはいまだ復旧しておらず、道路もデコボコ、倒れた塀はそのまま、雑草は生い茂り放題、野良牛が闊歩している。

来週、6巡目の一時帰宅がある。
例年だと庭の池に数十匹のヒキガエルが産卵に来るのだが、今はどうなっているだろうか。
4月に入ると桜が満開になり、家のそばの桜並木は薄桃色の花びらが乱舞するが、その時期に一時帰宅が重ならないと見に行くことはできない。

写真は三春町にある田村高校の体育館で避難所生活を送っていた妹が撮ったもの。
写っているのはまったくの他人だが、どんな気持ちでこの新聞を読んでいたのだろうか。

写真
2011年3月13日 福島県立田村高校体育館(富岡町住民避難所の一つ)
Canon IXY DIGITAL 510 IS

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