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栗岩

管理人  [ 栗岩 ]

国立科学博物館・博士研究員
(兼)
神奈川県立 生命の星・地球博物館
博士研究員(外来研究員)

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        2012-10-30       食わん一向に食わん

ボールパイソン・バター

エサ食わねぇなぁ・・・
ちょっと痩せてきたし、腹減ってるっぽいんだけど、冷凍餌だとかたくなに食べないんだよなぁ。
明日くらいにマウスが出産しそうだから、生んだ子供がファジーサイズになるまでのあと2週間くらい、もちっと辛抱だな。

ちなみにモハベは問題なく食べるいい子。

写真
有隣目ニシキヘビ科ボールパイソン(バター) Python regius
D700 + Distagon 35mm F2 ZF

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        2012-10-27       GTP & ATB

グリーンパイソン

最近エサ食わねぇな〜と思ってたら食ったウレシー
(約1ヶ月半ぶり)

アマゾンツリーボア

厳しいかなと思ったけど80gラット難なく食ったコエー

写真
有隣目ニシキヘビ科グリーンパイソン Morelia viridis
D700 + Nokton 58mm F1.4 SL-II

有隣目ボア科アマゾンツリーボア Corallus hortulanus hortulanus
D700 + Distagon 35mm F2 ZF

        2012-10-26       ミナミイスズミノナゾ

ミナミイスズミ

青ヶ島・豆南諸島調査で採集した魚の標本処理がすべて終わった。
報告書を作成し、東京都庁・八丈島漁協・日本小型船舶検査機構へ提出し、これで一区切り。
前回2010年の調査と合わせ、これから論文化する予定。

豆南諸島から小笠原にかけて多いのが、現地でササヨと呼ばれるミナミイスズミだ。
伊豆諸島では伊豆大島から八丈島まではほぼ100%が近縁種のイスズミやテンジクイサキだが、
伊豆諸島最南端の青ヶ島に来ると1〜2割くらいミナミイスズミが混じり始め、
豆南諸島最北端のべヨネース列岩ではそれが逆転して8〜9割がミナミイスズミで1〜2割がイスズミ、
須美寿島以南、小笠原ではほぼ100%ミナミイスズミとなる。

ミナミイスズミで最も特徴的なのは、科内でこの種だけに全身黄色個体が出てくることだ。
通常は全身が灰色っぽい(上個体)が、全身真っ黄色の個体(右個体)や頭部のまわりだけ黄色い個体(左個体)もいる。
ただ、それに関して不思議なことが2点ある。

一つは、サイズの小さい個体や幼魚では黄色個体はいない点。
黄色っぽい箇所があったり変な体色の個体は見たことがあるが、鮮やかな黄色の個体は一度もない。

もう一つは、頭部のまわりだけ黄色い個体はいても、体の半分くらいが黄色い個体がいない点。
頭部のまわりは婚姻色が出る部分なので、頭部のまわりは色が変化しやすいのかもしれない。
性転換して体色がガラッと変わるベラ科魚類の場合、体色変化の移行はごく短い期間で行われるため、
ミナミイスズミの場合も同様なのかもしれないが、それでもベラ科魚類は体色変化中の個体は観察されている。
ミナミイスズミでは頭部のまわりだけ先に変わり、後で急激に全身の体色が変わるということなのだろうか?

写真
スズキ目イスズミ科ミナミイスズミ Kyphosus pacifics
(通常個体:孀婦岩,マダラ個体:べヨネース列岩,黄色個体:鳥島)
D3 + AF-S Micro Nikkor 60mm F2.8G

        2012-10-23       クビカシゲガメ

クビカシゲガメ

国際学会でオーストラリア・パースに行った時、学会前後に数日余暇があったので、学会前にパース動物園に行った。
両生類・爬虫類コーナーが結構充実していて楽しめたが、そこで目を引く一つのケージがあった。

「オーストラリアで最も絶滅の危機に瀕している爬虫類」と説明のあるカメ。
英名はウェスタン・スワンプ・トータス、訳すと「(豪州)西部に生息する沼地のカメ」。
パース北部のスワンバレーの2箇所にのみ生息していて、1953年に再発見されるまで絶滅していると考えられていたという。
ん?昔何かで読んだぞ?もしかしてあのクビカシゲガメか!?英名なんて覚えてねぇけど、やっぱそうじゃねーか?
とりあえず写真を撮っておいた。

学会終了後、パース北部への日帰りツアーに参加した。
特にクビカシゲガメらしきあのカメのことを考えていたわけではなかったが、
バスで移動中にガイドから「今通っているのがスワンプ・トータスの生息地&保護区域です」と説明があり、
窓の外を見ると電流フェンスで囲まれた広大な低木林が見えた。

帰国してから調べてみると、やはりスワンプ・トータス=クビカシゲガメだった。
小さい頃に読んだクビカシゲガメ、そしてその生息地を見る機会が来ようとは思ってもいなかった。

昔読んだ記事は、たしか千石先生の書いた記事だったはず。
パース動物園のパネルには「オーストラリアで最も絶滅の危機に瀕している爬虫類」とあったが、
千石先生の記事では「世界で最も最も絶滅の危機に瀕しているカメ」と書いてあったと記憶している。
ガラパゴスゾウガメも各亜種ではなく種としてみればそれなりの個体数がいるわけだが、
クビカシゲガメは野生下で200個体程度しか生息していない。

クビカシゲガメ

アクリルケージに光が反射してイマイチの写真だが、これがクビカシゲガメ。

絶滅したと考えられてから100年以上経って再発見された経緯は非常にドラマチックだ(ガイドの説明のうろ覚え)。

   1953年、ある爬虫類学者がパース北部のガソリンスタンドで車にガソリンを入れていると、
  スタンドの前を一人の少年がカメに紐を括り付けて散歩させていた。

  それを何気なく見た学者は目を疑った。
  なぜなら、それは100年以上前に絶滅したと考えられていたクビカシゲガメだったからだ。

  少年は近くの森でそのカメをつかまえて飼っていたとのことなので、付近の調査が行われ、
  少数ではあるがクビカシゲガメが生き残っていることが確認された。

以後、オーストラリア政府によって生息地は厳重に保護されるようになり、パース動物園などで
飼育下での繁殖も行われている。


写真
カメ目ヘビクビガメ科クビカシゲガメ Pseudemydura umbrina
D700 + AF-S Micro Nikkor 60mm F2.8G

        2012-10-20       ケージ棚

ケージ棚

1ヶ月ほど前にオーダーしていたシェルフが届いた。
注文したのは福岡にある CODE STYLE というお店( http://codestyle-web.com/ )。

だいぶ予算を奮発したが、その甲斐あってとてもしっかりした作りで気に入っている。
木材はオーク無垢、フレームは鉄製。フルオーダーなので細かい注文にも応えてくれた。
棚板は厚く、フレームが棚の裏側からも支えているので、仮に水入りの90cmガラス水槽を置いても棚がたわむことはない(と思う)。

よくあるメタルラックだけは使いたくなく(使い勝手はいいのだろうが、デザインがね・・・)、
フルオーダーにこだわったのだった。

ケージ棚

ヘビのケージを置いてみたら、なんかゴチャゴチャした感じになってしまった。
一段目がボールパイソン・90×45×45、2段目がアマゾンツリー(左)とグリーンパイソン(右)・45×45×45、
3段目がアオダイショウ・45×45×45。

アマゾンツリーのケージの前面スライドガラスに白いガムテープが貼ってあるのは、ガラスを拭こうとして、
ケージから外して床に置いたのをすっかり忘れて足で思い切り踏んで割ってしまったため。マイッタ・・・。
足の裏にガラス破片が突き刺さって痛かったし。

来月に来る予定の新しい成体には、また同じショップにケージ作製を依頼しようと思っているので、
ついでにスライドガラスも頼もうと思う。
アオダイショウのケージの横のスペースに、今は雑誌類を少し置いているが、ここに新しいケージを置く予定。
ケージだけになってガムテープもなくなれば、もう少しすっきりすると思う。

とりあえず今までバラバラに置いていたケージ群を一箇所にまとめられたので良かった良かった。

ケージ棚

昼間撮ったものを追加。

写真
D700 + Distagon 35mm F2 ZF

        2012-10-19       出迎えの準備(1)

アマゾンツリーボア

以前から飼いたくて探しまわっていたヘビが手に入りそうだ。
オランダで今年ブリードされた個体(オランダCB)をドイツ人が入手し、それが入ってくるとのこと。
(上の掲載写真はアマゾンツリーボアだが、お目当てのヘビは違う種)

輸出国側(ドイツ)でのサイテスの書類手続きが終わり、現在輸入国側(日本)での書類手続きに移ったとのことで、
代金の50%を手付金として支払い、正式に予約した。残りの50%は実際に輸入されてから支払う形だ。

生体のサイズはできれば1.5〜2mくらいの個体が良かったのだが、今回入るのはベビーとのこと。
これも巡り合わせなので、それでもいいやと割り切った。
雌雄どちらかでも、ペア取りでも可能とのことだったが、成体サイズを考えてオスのみを注文した。

ヒーターや床材などはすでに準備済み。
これからケージを注文して準備万端の状態で出迎えたいと思う。

輸出国・輸入国両方の書類手続きが終われば、次は生体が実際に輸入される。
11月中旬までには輸入できそうだとのこと。あと1ヶ月、もしくはそれ以内。

豪州大陸の帝王が、いよいよやってくる・・・!

写真
有隣目ボア科アマゾンツリーボア Corallus hortulanus hortulanus
D700 + Distagon 35mm F2 ZF

        2012-10-19       バルブズ

チューリップ&スターファイター

砺波市にある富山県花卉球根農協から、4月に予約注文していた球根類が届いた。
チューリップ6品種×6球=36球根と、ユリの品種であるスターファイターを3球根。

私の一番好きな花はヤマユリだ。
昨年、ヤマユリ3球根とスカシユリ1球根を植えたところ、ヤマユリ1つが芽が出ずにダメになった他は無事に花を咲かせてくれた。
これらに加えて赤いユリも欲しいなと注文したのがスターファイター。

そして定番中の定番チューリップ。定番過ぎて見過ごしてしまう人もいるかもしれないが、スッキリとしたフォルムにきれいな花弁と葉。
桜とともに春の風物詩で、これもかなり好きな花の一つだ。数えきれないほどの品種があって選ぶのも楽しい。
咲いた時の様子を思い浮かべながら6品種を選んだ。

チューリップ&スターファイター

今週末はホームセンターに行ってプランターを買ってきて、チューリップの球根を植える予定。
それから現在別々の鉢に入っているヤマユリとスカシユリの球根を一つの鉢に植え替え、そこに今回のスターファイターの球根も植える予定。

また、一ヶ月ほど前にヘビのケージを置く棚をオーダー注文していたのだが、それが土曜日に届く予定になっている。
今週末は大忙しだ。

写真
D700 + Planar 50mm F1.4 ZF

        2012-10-17       トンプソーニ

トンプソンチョウチョウウオ

南大東島で採集した魚の中で、最も白眉なのはこの種かもしれない。
この、斑紋のない茶色一色の地味な魚は、トンプソンチョウチョウウオという外洋性のチョウチョウウオだ。
カスミチョウチョウウオと同じ属(カスミチョウチョウウオ属)だが、頭部形態はかなり異なるという印象を受ける。

中坊(2000)によると、日本(後述)・マリアナ諸島・ハワイ諸島・サモア諸島・ジョンストン島・ライン諸島・ツアモツ諸島などに生息する。
日本では南鳥島・小笠原群島・大東諸島でのみ見られる。
この分布は非常に面白いもので、ハワイ諸島からツアモツ諸島まで赤道を南北にまたがった太平洋プレート中央部の海域と、
遠く離れて太平洋プレートとフィリピン海プレートの境界の南鳥島・小笠原群島・マリアナ諸島、
そしてなぜかさらに離れて大東諸島に分布するというものだ。

大東諸島の個体群を除けば、Springer (1982) が提唱したPacific Plate Biogeography説における良いケーススタディーになる。
その意味だけでもこの種は興味深いのだが、さらに、おそらく大東諸島の個体群は小笠原群島から黒潮反流に乗って大東諸島へ
分散したと推察されており、日本周辺海域における魚類の多様性形成の変遷を考える上でも非常に興味深い。

南大東島ではトンプソンが常に群れているポイントがあるとのことで、地元のダイビングショップ「ボロジノ・アイランド」の小浜さんの協力を仰いだ。
水深約50〜60mと深いところにいるため、チバを連れて行ってもらって採集(私は素潜りオンリー)。
この水深だと滞在時間は限られてしまうため、採集できたのは5個体。まさに貴重な標本だ。

Springer, 1982

Springer (1982) の別刷り。
別刷り下さいとメールしたら、サイン入りで送ってくれたよウレシー。

写真
スズキ目チョウチョウウオ科トンプソンチョウチョウウオ(南大東島産) Hemitaurichthys thompsoni
D3 + AF-S Micro Nikkor 105mm F2.8G

        2012-10-17       1000

アカハタ

科博に来てここ5年ほどメインテーマで研究しているのがアカハタだ。
日本周辺海域を中心に、広く西部太平洋域のアカハタを対象にしている。
集団遺伝学的手法を用いた生物地理学的研究のため、網羅的なサンプリングと、ロカリティー(産地)ごとに数十個体のサンプルが必要になる。

そして、集めに集めたアカハタが、今日ついに1000個体を突破した。
採集した日付で言えば7月の豆南諸島調査で採集した個体がこれにあたるのだが、
標本処理の順番で南大東島調査で採集した個体が1000番目になった。

もちろん1000個体すべてを自分で採集したわけではない。
潜り仲間に一緒に潜って採集を手伝ってもらったり、出張時に魚市場に行って仲買人に競り落としてもらったり、
遠方の漁協に頼んで購入したり、知り合いの研究者に集めてもらったりと、収集方法は様々だ。
ただ、採集にせよ魚市場での購入にせよ、8割は自分で現地に足を運んで集めたもの。
そして7割は手銛で突いて捕った個体になる。
よくもまぁ集めたもんだ・・・。

ロカリティーによっては個体数の足りないところもあるが、これで一応サンプリングは一段落した形になる。
贅沢を言えば火山列島のサンプルも欲しいが、今はいいだろう。来年度以降、外部予算を獲得したら採集に行きたい。

写真は1000個体目のアカハタ(NSMT-P 111102, 22.91 cm SL, 28.32 cm TL)。
私自身が手銛で採集した個体だ。
南大東島調査では私とチバで採集を行ったので、1000個体目にチバが採集した個体がなることもありえた。
記念すべき(?)1000個体目は私が採集した個体を!というつもりは特になく、単に採集した日付順に並べてこうなっただけ。

採集した18個体のうち、最小は全長 20.70 cm(16.58 cm SL)、最大は全長29.44 cm(23.59 cm SL)。
水温の高い海域に住んでいるためだろう、やはり大きな個体は少なかった(低緯度域のアカハタは小さく、高緯度域は大きい)。

南大東島は日本周辺海域における魚類の移住・分散ルートを明らかにする上で一つの鍵になる海域。
これから行う遺伝的な解析の結果が楽しみだ。

写真
スズキ目ハタ科アカハタ(南大東島産) Epinephelus fasciatus
D3 + AF-S Micro Nikkor 60mm F2.8G

        2012-10-15       つれづれ

ウチワフグ

(1)
今日は都内某所で月に一度の研究会。
天皇陛下もご出席された(陛下はハゼ科魚類の研究者でもある)。
今年は体調を崩されたりしていたので、ご出席は半年ぶりくらいだろうか。
ご公務とかぶらない時に非公式行事としておこしになるのだが、非公式とは言っても数百人単位で人が動く。
宮内庁、警視庁、警察庁、消防庁、国交省などいろいろと。
久しぶりにスーツ着たけど、やっぱ肩がこるな。

今日の発表は東大の黒木さん。
海洋研時代の一つ後輩だが、博士論文を出したのは同じ年だった記憶がある。
私と違って(笑)非常に優秀な子です彼女は。
発表内容は3つのセクション、ウナギの生態学的研究・東大総合博で開催したウナギ展の話・ウナギの博物学からなっていた。

(2)
先週末、青ヶ島・豆南諸島調査で採集した魚の標本処理がやっと終わった。
何の魚種を何個体捕ったかなど簡単な報告書をこれからまとめ、都庁の水産課に提出する。

これでやっと南大東島調査で採集した魚の標本処理に取りかかれる。
こちらも処理がすべて終わったら簡単な報告書をまとめ、沖縄県庁の水産課に提出する。

写真
フグ目ウチワフグ科ウチワフグ(与論島産) Triodon macropterus
D3 + AF-S Micro Nikkor 60mm F2.8G

        2012-10-14       New カーボンフィン

Carbonio G.F.T. Aero

佐渡島遠征の時に、ちゅら君がカーボンフィンを作っているイタリアの新進メーカー、Carbonio G.F.T. SUBと正規代理店契約を結んだことを聞いた。
大阪の小島さんや島根のジュゴンさんも使っているとのこと。

私がずっと使ってきたピカソのカーボンフィン(Carbono)は、全メーカー全モデルを見渡してもおそらく最も硬いフィンで、
深場からの浮上では非常に頼りになり、ブレードが厚いので少々荒く扱っても割れることはない。
デザインも気に入っているし、古いモデルだからか他に使っている人がいないのもいい。

ただ、ブレードが硬いということはその分水面移動が大変ということでもあり、長く泳ぐと足首がかなり痛くなってしまう。
ここ数年はボートあるいは漁船から潜ることが多いので困ることはあまりなかったが、
9月の佐渡島遠征で数キロを泳いだ時には、さすがに柔らかいフィンの必要性を痛感した。

現在販売されているカーボンフィンはどれも柔らかめのものばかりなので、選び放題ではある。
C4などは評判も良く、昔に比べ入手もしやすくなった。ただ、どれも何となく決め手に欠けていた。

今回、これは柔らかめのフィンを買ういい機会かなと思い、ちゅら君に頼んでCarbonio G.F.T.のフラッグシップモデル Aero を注文した。
硬さはハード・ミディアム・ソフトから選ぶことができる。私はミディアムにした。

実物が届いたので早速ピカソのフィンと並べてみた。
Picasso / Carbono(上)と、Carbonio G.F.T. / Aero(下)。

やはりブレードが長いね。サイドの赤いラバーガードがアクセントになってデザインもなかなか。
海で使うのが楽しみだ。

Carbonio G.F.T. Aero

裏面にはシリアルナンバーが。
品質チェック済みの記述とシリアルが記載されたインヴォイスも入っていたし、
投げ売りのメーカーとは違い、自社製品に自信と誇りをもったメーカーという印象を受けた。

興味のある方はぜひ下記サイトをご覧下さい(別ウィンドウで開きます)。
スピアフィッシングワークス公式HP (http://www.spearfishingworks.com/)

写真
Carbonio G.F.T. / Aero
D700 + Distagon 35mm F2 ZF

        2012-10-14       富岡町津波写真(3)

富岡町・津波の後

約1ヶ月後の4月10日。
警戒区域への立ち入りが禁止されたのは同月22日なので、この時はまだ立ち入りはできた状態だったが、
瓦礫の撤去は国道など最低限にとどめられ、このあたりは遺体の捜索が行われただけで瓦礫はそのまま放置されている。
そしてその状態は1年半が経った今でも続いている。5年後の警戒区域解除まで、瓦礫が撤去されることはないだろう。

津波によって運ばれた砂が乾き、一面が白い地面となっている。

富岡町・津波の後

手前の家は流され、土台が残るのみ。
奥の家は一階は津波で破壊され、屋根は地震で崩れたままだ。

震災当日、そして震災後の地元の写真は、これからもたまに紹介していく予定。


写真
福島県双葉郡富岡町(2011年4月10日)
Canon IXY Digital 920IS

        2012-10-11       富岡町津波写真(2)

富岡町・津波の後

3月12日 AM 6:30

継続する大きな余震と、原発への不安から眠れぬ夜を過ごした12日早朝。
既に半径10km圏内には避難勧告が出ている。
私の実家は第一原発から直線距離で約7km、第二原発からは約5kmだ。

第二原発のすぐ北側にある富岡川の河口では、津波による無惨な光景が広がっていた。

富岡町・津波の後

家々の姿は土台だけを残してすべて消え、瓦礫と、砂と、絶望が広がる。

地元に住む私の同級生が、消防団の召集を受けて最初にあてがわれた仕事。
それは、津波に巻き込まれ、流された車の中にある、年配の方の遺体の収拾作業だった。

富岡町・津波の後

下の方に見えるのはパトカーだが、警戒パトロール中に巻き込まれたのだろうか・・・。

富岡町・津波の後

子安橋に集まる警官、消防団、役場の職員たち。
立っているその場所まで、津波は駆け上がってきた。

富岡町・津波の後

漁協の建物は赤い鉄骨が残るのみ。
その鉄骨も原形をとどめていない。


写真
福島県双葉郡富岡町(2011年3月12日)
Canon IXY Digital 920IS

        2012-10-10       富岡町津波写真(1)

カテゴリーに新しく「東日本大震災」を追加した(過去の記事からも幾つか移動)。
岩手・宮城については、震災当時の様子はよく伝えられているが、福島についてはなかなか情報がなかった。
それもそのはずで、原発の件でマスメディアが怖がって入らなかったからだ。
南相馬市長がそのことを必死に訴えていたのは記憶に新しい。

福島第一原発から半径20km圏内の警戒区域については特にそうで、震災の当日にどれくらいの津波が来てどれくらいの被害があったのかなど、
断片的にあるいは少しずつ明らかになっては来ているが、映像や写真はなかなか出てこない。

私の手元にある震災当時の写真、そして一時帰宅の際に撮った写真がそういった資料の一部となればいいし、
いまだ避難している同郷の人たちの目に留まれば、それはそれで一つの意味を成すだろう。

今回の写真は、被害状況を把握するために富岡町役場の職員が町内を回って撮り集めたものをお借りした。
林さんありがとうございます。この場を借りてお礼を述べさせていただきます。

富岡町・津波01

2011年3月11日、17時11分。
富岡川の河口を逆流して押し寄せる津波を子安橋から撮った写真。
奥を見るとすでに何回か津波が来た後であるのが分かる。
(津波の第一波が到達してから1時間半経っている)

ぐしゃぐしゃになった赤い鉄骨は、津波で破壊された後の漁協の建物だ。
コンクリートの堤防と海沿いの道路も破壊され、地面は海水で浸っている。
一番奥に見えるのは福島第二原発。

川の向こうから福島第二原発までの平地では、到達した津波の高さは14m。
しかし、この写真を撮った人が立っている場所では、津波は21mの高さまで駆け上った。

富岡町・津波02

17時13分。
すでに何度かさらわれたところを、さらなる津波が襲う。

富岡町・津波03

17時15分。
子安橋の右側は、一面が海面下になっている。
もちろん建っていた家々は流されてしまっている。

富岡町・津波04

17時17分。
一枚目の写真から6分後、二枚目の写真からわずか4分後には、奥の方も海面下に沈んでいる。

富岡町・津波05

上の写真の拡大。
福島第二原発の海側の敷地が水没しているのが分かる。

写真
福島県双葉郡富岡町(2011年3月11日)
Canon PowerShot S90

        2012-10-09       5巡目の一時帰宅を終えて

警戒区域・お墓参り

5巡目の一時帰宅。
毎回、最初にお墓参りをする。
同じことを考える人は他にも多くいて、墓石の周りをきれいにして花を供え、手を合わせている家族があちこちにいる。
それにしても防護服を着ての墓参りはとてもシュールだ(笑)。

私の家の墓がある場所では、全体の3分の1くらいが墓石が倒れ、無惨な状況になっている。
倒れたり崩れてしまったお墓は重機を使わないと元に戻せないため、震災から1年半経った今でもそのまま放置されている。
倒れているのは古めのお墓が多い。幸い私の家の墓は比較的新しいものだったため大丈夫だった。

この時期はセイダカアワダチソウが大繁殖していて、道ばたの田んぼは一面真っ黄色のセイダカアワダチソウ畑になってしまっている。
お墓も雑草が生い茂り、栗岩家のお墓は奥にあるため鎌をもって草刈りをしないとお墓までたどり着けない。

ちなみに自宅の方も、家の周り、庭、家の前の道路、家の前の雑木林などところかまわず雑草が生い茂っている。
ガレージから勝手口に行く通路では、身の丈以上あるセイダカアワダチソウ、
木のように太い茎をもつまでに成長したヨウシュヤマゴボウが生い茂り、草刈りをしないと家の中に入れない。

空間線量・家の中

お墓参りを終え、防護服を新しいものに着替えて家の中へ。
前回までは累積の線量計しか貸し出してもらえなかったが、今回から空間線量計も貸し出してくれることになった。

初めて測る自宅内の空間線量。
ばらつきはあるが、1.0〜1.7 毎時マイクロシーベルト(μSv/h)。
思ったよりは高かった。

空間線量・家の周り1

家の周りは 3.5〜4.5 μSv/h。
震災の数ヶ月後に 20〜40 μSv/h あったことを考えると、まだ除染作業は行われていない状況でだいぶ下がってはいるものの、
決して低い値とは言えない。

空間線量・家の周り2

庭の茂みや玄関の外の門では、7.5 μSv/h を越える高い値が出ていた(写真は数値がまだ上がっている最中)。
これは厳しい。

今回計測した空間線量から、自宅で生活した場合の年間の被爆線量を計算すると、低く計算した場合で年間約 19 mSv。
低く計算というのは、自宅の周りでも線量の高い場所に一度も近づかずに生活するという非現実的なもの。
現実的に計算すると、やはり年間 50 mSv を超える値になる。

5巡目一時帰宅を終えて

家の中の掃除と片付けは今回で結構進んだ。
ただ、倒れた鉢の土がぶちまかれたままだったり、埃もすごく溜まっている。
もちろん電気水道ガスといったライフラインはまったく復旧していないため、掃除機をかけることはできない。
(トイレは震災前に庭の畑用にドラム缶に汲み置きしていた水をバケツで汲んできて流す)

次回は小型の発電機を購入して持ち込み、掃除機をかけようかと話している。
とりあえず5年間は帰れないことが決定しているので、ゆっくりと少しずつやっていくつもりだ。

富岡町 夜ノ森 桜通り

葉を生い茂らせて変わらずたたずむ桜並木。
自宅そばの夜ノ森公園・桜通り。

写真(すべて)
D700 + AF-S Nikkor 35mm F1.4G

        2012-10-04       5巡目の一時帰宅

After_Tsunami

月曜から昨日までの三日間、沖縄県水産海洋研究センター(旧・水産試験場)の岩本君が来館していた。
とある集団遺伝学の解析プログラムを二人であれこれいじりながら試していたのだが、何とか使えるようになった。
使ったテストモデルは集団数も少なく、各パラメーターの設定もゆるくしているが、
論文用の実データではかなり長時間の計算を要することになりそうだ。
PCを1ヶ月回しっぱなしでも終わるかどうかというところだろう。

それから明日必着で郵送しなければならない書類があったため、昨晩夜中まで、そして今日の昼過ぎまでかかって何とか仕上げた。
その後、午後から夕方まで2時間半、取材の打ち合わせ。
合間合間に科研費の申請書を書き進めているが、まだ完成にはほど遠い(館内締め切りは過ぎている)。
しんどいわ・・・。

んで今から車を2時間ほど走らせていわき市へ。
今晩はいわき市のホテルで宿泊し、明日の朝、実家のある警戒区域の富岡町へ。
5巡目の一時帰宅だ。

家族は避難先へ、私は今の自宅へ、それぞれ持ち帰る荷物を引っ張り出すので精一杯だったが、
前回4巡目の一時帰宅で、やっと家の中の片付けに手をつけることができたのだった。

2011年3月11日から1年半。
少しだが時間が動き出した。


写真
福島県いわき市四ツ倉海岸(2011年5月2日)
D700 + AF-S Nikkor 35mm F1.4G

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